“3 以上の自然数 n について、xn + yn = zn となる自然数の組 (x, y, z) は存在しない。”
―フェルマー・ワイルズの定理
建設物には、その構造物が簡単に崩壊したりしないよう、あらかじめ工学的な計算に基づいた構造設計が成されています。大きな地震が来ても建物が倒れたり崩れ落ちたりしないのは、このような理由があるからです。
計算をするということは、すなわち数学的な処理を行うということです。数学といえば、方程式や関数の数々を無理やり暗記し、それらはほぼ入試の試験問題を解くためだけに費やすものであり、社会に出てしまうとほぼすべて忘れてしまう役に立たないもの、というイメージが一部には私たちの社会にはありますが、実際には、エジプトのピラミッド、ギリシャのパルテノン神殿など、有名な建設物にはすべて、当時の最新の計算技術がふんだんに詰め込まれており、まさにその当時の一流の科学者たちの手によって綿密に作り上げられた、数学の芸術作品という一面があります。建設と数学には密接な関係があるのです。ちなみに私自身は高校時代、化学の専門家になることを志したものの、肝心の数学は赤点ばかりと散々な成績でした。当時はむしろ数式を見ると気分が暗くなり、ではなぜ理系を志そうとしたのか、当時の自分に滾々と問い詰めたい気分でもあります。
少し横道に逸れてしまいましたが、今回私が紹介する書籍「フェルマーの最終定理」(サイモン・シン著、青木理訳、新潮文庫)は、数学の苦手な私でも問題なく一気に読めてしまう、人間のドラマがふんだんに盛り込まれた良質なドキュメンタリーです。
「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」―17世紀のフランス、ある数学者が残した1つの何気ないメモから端を発した数学界の大事件。その解決には実に3世紀を要するわけですが、この著者は、その難問に挑んだひとりの男の苦悩の日々の記録に、歴史上の数学者たちのエピソードを巧みに交錯させることで、読み応えのある実録小説に仕立てることに成功しています。
我々は建設業に身をおき、ふだんは建設の世界にどっぷりと漬かっているわけですが、こうして結局、私たちは時空を超えて人間同士は繋がっているんだ、ということを改めて認識させてくれる一冊ではないかと思っております。梅雨に入り、建設業界では現場が中止になったり、外に出かけるのも億劫になったりと何かと気が滅入る時期ではあるかとは思いますが、こんな時にこそ人類の歴史に思いを馳せながら夏の到来を待つという過ごし方もいかがでしょうか?
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